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区分所有法改正:高齢化社会におけるマンションの「二つの老い」と今後の課題

先日の2025年5月24日、長年の議論を経て、「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」と「建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)」の改正案が可決・成立しました。2026年4月1日から施行されます。これは、老朽化が進むマンションの適切な維持管理を促進し、高齢化社会における多様な居住形態を支えるための重要な一歩となります。

今回の法改正では、主に以下の点が強化・見直されました。

  • マンション管理適正化法改正のポイント
  • 長期修繕計画の作成と管理の明確化: 大規模修繕を適切に進めるため、長期修繕計画の作成と管理が管理組合の業務として明確に位置づけられました。
  • 駐車場の使用ルールの整備: 駐車場の使用に関するルールが整備されます。
  • 専有部分のリフォームに関する手続きの見直し: 専有部分のリフォームに関する手続きが見直されます。
  • 配管の一体管理: 専有部分と共用部分が一体となった配管の枝管などの管理を管理組合が一体として管理する規定が制定されます。
  • 建替えに関する規定の整備: 建替えに関する規定が整備されました。
  • 決議要件の見直しと電子化の促進: 決議要件が見直され、電子化が促進されます。
  • 専門家による相談や助言の活用: 専門知識を持つ専門家による相談や助言などを活用するための規定が新設されました。
  • 管理組合の業務の追加: 現代のマンション運営に必要な制度が充実し、新しい管理組合の業務が追加されます。
  • 地方公共団体の権限強化: 管理不全マンションへの対応として、地方公共団体の権限が強化されます。
  • 管理組合の預かり金の分別管理: 修繕積立金などの預かり金は管理会社の財産とは分別して管理することが義務付けられました。
  • 区分所有法改正のポイント
  • 決議要件の緩和: 老朽化対策としての大規模修繕や建て替え、第三者管理方式の導入など、マンションの維持管理に不可欠な決議について、これまでより可決要件が緩和されました。これは、高経年化マンションにおいて総会の決議が困難となり、必要な修繕すらできずに建物の老朽化がさらに進行する事態を防ぐことを主な目的としています。居住者の高齢化による総会出席率の低下や、合意形成の難化に対応するための重要な変更です。
    詳細についてはこの記事がわかりやすいですので、参考に。TBS NES DIG
  • 所在不明所有者への対応強化: 所在不明の区分所有者への対応が強化されます。
  • 建替え決議のハードル低下: 建替え決議の要件が緩和されます。
  • 共用部分の変更決議の円滑化: 共用部分の変更に関する決議が円滑化されます。
  • マンション管理に特化した財産管理制度の創設: 区分所有建物の管理に特化した財産管理制度が創設されます。
  • 管理組合法人による区分所有権等の取得: 管理組合法人が一定の要件のもとで区分所有権等を取得できるようになります。
  • 義務違反者への対応: 義務違反者に対する専有部分の使用禁止請求や区分所有権等の競売請求の決議要件が緩和されます。

今回の法改正は、日本のマンションが抱える「二つの老い」と呼ばれる問題の対策でもあります。時間の経過とともに避けられない「建物の老い」。そしてもう一つは、居住者の高齢化が進むことで起こる「人の老い」です。これらの「二つの老い」が複雑に絡み合うことで、多くの管理組合が運営上の困難に直面し、マンションが管理不全に陥る危険性が高まるのです。

本稿では、改正区分所有法の背景を踏まえつつ、マンションが抱える「二つの老い」が具体的にどのような問題を引き起こしているのか、特に管理組合運営に焦点を当ててマンション管理士の視点から解説したいと思います。さらに、その解決策として期待される「第三者管理方式」の可能性と、それに伴う問題点、特に高額な修繕費問題と談合のリスクについても考察します。

マンションの「二つの老い」が引き起こす深刻な課題

1. 建物の老い:修繕積立金不足と大規模修繕の停滞

マンションの建物は、築年数の経過とともに必ず大規模修繕が必要になります。しかし、「建物の老い」が進むことで、以下のような問題が生じます。

  • 修繕積立金の不足: 計画的な積立が行われてこなかったり、途中で値上げができなかったりした場合、必要な修繕費用を賄うことが困難になります。特に、インフレによる資材高騰は、積立金の不足をより一層深刻なものにしています。修繕積立金の不足問題は、ほぼすべてのマンションに共通する悩みであるといっても過言ではありません。
  • 大規模修繕の先送り・延期: 修繕積立金が不足している、あるいは住民間の合意形成が難しいといった理由から、大規模修繕が先送りされる傾向があります。これにより、建物の劣化はさらに進行し、資産価値の低下や、最悪の場合、安全性に関わる重大な問題に発展する可能性があります。
  • 新築時の不備の顕在化: 過去の建築技術が未熟であった時代のマンションでは、設計や施工における初期の不備が、時間の経過とともに表面化することがあります。

2. 人の老い:管理組合役員の成り手不足と合意形成の困難

一方、「人の老い」は、マンションの管理・運営を根底から揺るがす深刻な問題を引き起こしており、看過できません。

  • 管理組合役員の成り手不足: 私がマンション管理の相談を担当している行政窓口での相談では、「高齢の居住者が増えて、体力的・時間的な制約から役員としての職務を担うことが難しくなってきている」という話をよく聞きます。特に若年層の入居が少ないマンションでは、役員のなり手が極端に不足し、管理組合の運営自体が立ち行かなくなるケースも頻繁に発生しています。
  • 総会の出席率低下と合意形成の困難: 高齢の居住者は、総会への参加が困難な場合があり、議決に必要な定足数を満たせないことがあります。また、意見の相違が生じた際に、合意形成に時間を要したり、最終的に意見がまとまらなかったりすることも少なくありません。
  • IT化への対応の遅れ: 高齢の居住者が多いマンションでは、オンライン会議やデジタルツールを活用した情報共有といったIT化への対応が遅れる傾向が見られます。これにより、効率的な情報伝達や迅速な意思決定が阻害されることがあります。
  • 孤立化と管理不全の連鎖: 役員不足や合意形成の困難が長期化すると、管理組合の機能が低下し、最終的には管理不全マンションへと陥るリスクが高まります。管理不全は、居住環境の悪化、資産価値の低下、そして住民の孤立感の増幅といった負の連鎖を生み出します。

管理不全に陥り行政代執行により解体された岐阜県野州市のマンション(国土交通省HPより)

解決策としての「第三者管理方式」の可能性と問題点

このような「二つの老い」という複合的な課題に直面するマンションの管理組合を支援する策として、近年、「第三者管理方式」への注目が高まっています。これは、管理組合の業務の一部または全部を、外部の専門家や法人(弁護士、マンション管理士、マンション管理会社など)に委託する方式を指します。今回の区分所有法改正においても、第三者管理方式に関する規定が盛り込まれ、その活用がより容易になることが期待されています。

第三者管理方式のメリット

  • 専門性による適切な管理運営: 専門知識を持つ第三者が介入することで、法令遵守はもとより、長期修繕計画の適切な見直しや、専門的な知見に基づいた適切な業者選定など、より専門的かつ効率的な管理運営が期待できます。
  • 役員負担の軽減: 理事長や理事といった役員の職務を外部に委託することで、居住者の負担が大幅に軽減され、深刻化する役員不足の解消に繋がります。
  • トラブル回避と公平性の確保: 居住者間の根深い利害対立や感情的な問題に左右されることなく、客観的かつ公平な視点で管理業務が遂行されることが期待できます。

しかしながら、第三者管理方式には、目を背けることのできない問題点も存在します。特に、大規模修繕工事の発注においては、より深刻な危険をはらんでいます。

第三者管理方式に潜む「高額修繕費」と「談合」のリスク

大規模修繕工事は、マンションの資産価値を維持し、安全性を確保するために不可欠な投資です。しかし、その工事費は非常に高額になるため、その発注プロセスには細心の注意が必要です。

1. 談合による高額な修繕費の問題

残念ながら、2025年3月4日に、マンションの大規模修繕工事を請け負う会社30社が談合で摘発されるといったニュースも報じられています。特定の業者が結託し、競争を排除することで、不当に高い工事費を管理組合に請求する仕組みができてしまう危険性があります。本来であれば、管理組合の理事が複数の業者から見積もりを取り、比較検討することで適正な価格を見極めるべきですが、役員の成り手不足や専門知識の欠如により、このチェック機能が十分に働かないことがあります。

2. 管理会社による高額なマージンの問題

現状でも、多くの管理組合が契約している管理会社は、日常の管理業務だけでなく、大規模修繕工事などの工事についても発注を請け負うケースがほとんどです。この際、管理会社は、工事会社から高額な「紹介料」や「マージン」を得ていることが少なくありません。これにより、実際に施工される工事の費用に、管理会社のマージンが上乗せされる形で、区分所有者が不必要に高い修繕費を支払うことになっている実態が指摘されています。管理組合としては、管理会社を信頼して任せているが故に、このような不透明な費用構造に気づきにくいという問題があります。

3. 第三者管理方式が「チェック機能の空白」を生む危険性

ここで、第三者管理方式が内包する、より根源的な問題が表面化します。もし、第三者管理を請け負うのが「現在の管理会社」であったり、その「系列会社」であったりする場合、あるいは管理会社と癒着関係にある第三者が管理を担うことになると、状況はより深刻化します。本来、管理組合の理事会が担うべき、大規模修繕工事の発注プロセスにおける「見積もり比較」「業者選定」「工事内容のチェック」といった重要なチェック機能が、第三者管理者に一任されることになります。その結果、

  • 高額なマージンの見過ごし: 管理会社が第三者として管理を請け負う場合、自らが発注する工事に上乗せしているマージンを、自らチェックすることは期待薄と言わざるを得ません。
  • 談合への関与・黙認の危険性: 談合が行われている場合でも、管理を請け負う第三者がその事実を認識していても、自らの利益のために黙認したり、場合によっては積極的に関与したりするリスクも否定できません。
  • 区分所有者への負担の転嫁: 結局、上記のような不正や不透明な費用構造の皺寄せは、修繕積立金や一時金という形で、マンションの区分所有者全員に重くのしかかることになります。

住民の高齢化が進み、役員のなり手がいないからといって、安易に第三者管理を導入することは、こうした高額な修繕費問題や談合といったリスクを増大させる危険性があることを十分に認識しておく必要があります。

まとめ:法改正は始まりに過ぎない – マンションの未来のために、今、我々ができること

今回の区分所有法改正は、老朽化が進むマンションへの対策、そして管理組合運営の効率化に向けた重要な一歩となるでしょう。特に、決議要件の緩和は、これまで進まなかった必要な修繕や改修を後押しすることが期待されます。しかし、法改正だけで全ての問題が解決するわけではありません。マンションにおける「二つの老い」は、多くのマンションが避けて通れない現実です。第三者管理方式は、その解決策の一つとして確かに有効な選択肢となりえますが、導入にあたっては慎重な検討が不可欠であり、予期される問題点に対する具体的な対策も講じる必要があります。特に、大規模修繕工事の発注においては、透明性の確保と、適正な価格での実施を担保する仕組みが不可欠です。

重要なのは、「住民の意識改革」と「多様な選択肢の検討」です。

  • 住民の意識改革: 管理組合の運営は、決して他人事ではありません。それは、区分所有者一人ひとりの大切な資産を守り、快適な住環境を維持するための活動であるという意識を、全ての区分所有者が持つことが何よりも重要です。たとえ役員になれなくとも、総会への参加、議案への関心、情報収集など、できることはたくさんあります。
  • 多様な選択肢の検討: 第三者管理方式だけに目を向けるのではなく、若年層の入居を促進するための施策、IT技術を積極的に活用した効率的な管理運営、地域コミュニティとの連携強化など、それぞれのマンションが置かれた状況や特性に応じた多様な解決策を、多角的に検討していく必要があります。

そして、第三者管理方式を導入する際には、以下の点に留意すべきです。

  • 独立性の確保: 管理会社からの完全な独立性を有し、公平な立場を堅持できる第三者を選定することが肝要です。管理会社が第三者管理を兼務する場合は、利益相反のリスクを排除するための明確なルール策定と、厳格な監視体制の構築が不可欠です。
  • 業務内容と費用の透明性: 契約内容、業務範囲、そして発生する費用について、詳細かつ明確な情報開示を義務付けるべきです。区分所有者がこれらの情報を容易に把握できる仕組み作りが求められます。
  • 住民による監視体制の構築: 第三者管理者が行う業務については、定期的な報告義務を課し、区分所有者がその内容をしっかりとチェックできる体制を構築することが不可欠です。
  • セカンドオピニオンの活用: 大規模修繕工事の発注にあたっては、現在の管理会社や第三者管理者だけでなく、マンション管理士や建築士といった、独立した専門家から必ずセカンドオピニオンを得ることを強く推奨します。これにより、提示された見積もりや工事内容の妥当性を、より客観的に、そして専門的な視点から判断することが可能になります。

高齢化社会において、マンションが持続可能で快適な住まいであり続けるためには、建物のメンテナンスだけでなく、「人の老い」への対応も不可欠です。今回の区分所有法改正を絶好の機会と捉え、私たち一人ひとりがマンションの未来について真剣に考え、それぞれのマンションが抱える課題に最適解を見出していく努力こそが、未来へとマンションの価値を繋ぐ確実な道となるでしょう。

あなたのマンションでは、「二つの老い」の問題にどのように向き合っていますか?