
「マンションの外窓にある網入りガラスに、熱割れと思われるヒビが入ってしまった。この修繕費用は誰が負担すべきなのだろう?」
この問いは、マンション管理においてよくある悩みの一つです。先日、私が参加するマンション管理士(弁護士を含む)のLINEグループでも、この話題で白熱した議論が交わされました。外窓は共用部分とされていますが、費用負担の判断は一筋縄ではいかないのです。
窓ガラスの修繕費用、区分所有者と管理組合のどちらが負担する?
マンションの外窓(サッシ、ガラスを含む)は、玄関ドアと同様に国土交通省のマンション標準管理規約では原則として共用部分とされています。共用部分の維持管理や修繕費用は、通常、管理組合が負担するのが原則です。
しかし、各住戸に付随する窓は、その住戸の区分所有者が排他的に使用できる「専用使用権」が与えられています。この「専用使用権」に伴う「管理」の範囲が、修繕費用負担の判断の分かれ目となるのです。
「通常の使用に伴う管理」が判断の鍵
有名な裁判例では、窓ガラスの破損が「通常の使用に伴う管理」に該当するかどうかが、費用負担の重要な判断基準となっています。
- 東京地判平成29年1月17日: この判決では、出窓のガラス破損について、日光による温度変化やガラスの老朽化が原因と推測されました。しかし、これを「構造上の欠陥」とは認めず、「通常の使用に伴うもの」と判断し、区分所有者の負担と結論づけています。これは、熱割れのように自然現象や経年劣化で発生するガラスの破損は、区分所有者の管理責任と見なされやすいということです。
マンション管理の判例をたくさん紹介している栗田勇弁護士のブログです。
管理組合運営41 専有部分の破損した窓ガラスの補修が「通常の使用に伴うもの」とされた事案(不動産・顧問弁護士@静岡) | マンション管理・区分所有判例紹介 - 仙台高判平成21年12月24日(最高裁で上告棄却により平成22年4月23日確定): この判決では、窓サッシの戸車、タイトゴム、窓ガラス、クレセント、レールなど、経年劣化による不具合が多岐にわたり問題となりました。裁判所は、これらの修繕が「専用使用権がある共用部分の工事であり、『通常の使用に伴う管理』である」と判断し、区分所有者が費用を負担すべきとしました。この判例もやはり、窓やサッシの細かな不具合が、通常の使用範囲での経年劣化によるものであれば、区分所有者個人の負担になるという考え方です。
参考までにマンション管理に精通した濱田卓弁護士のブログも読んでみてください。
7. 専用使用部分の「通常の使用に伴うもの」って具体的にはどういう意味? | やさしい!みんなのマンション判例
これらの裁判例から見ると、マンションの外窓に生じた熱割れによるヒビ割れの修繕は、多くの場合、区分所有者の「通常の使用に伴う管理」の範囲と判断され、当該区分所有者が費用を負担する可能性が高いといえます。
構造上の欠陥や施工不良の場合
もちろん、ヒビ割れの原因が、マンションの設計ミスや施工不良といった「構造上の欠陥」に起因する場合や、建物の他の共用部分の不具合が原因で発生した場合は、管理組合の責任として負担すべきという判断になる可能性もあります。
しかし、裁判例が示すように、これを明確に立証するのは簡単ではありません。単なる自然現象や経年劣化と区別し、専門的な調査に基づいて証明することが求められます。
最も重要なのは「管理規約」の規定
最終的に、最も重要で優先されるのは、お住まいのマンションの「管理規約」です。管理規約に窓ガラスの熱割れの修繕費負担について明確な規定があれば、それに従うことになります。ほとんどの管理規約は、標準管理規約の考え方(原則共用部分だが、専用使用部分の通常の使用に伴う管理は区分所有者負担)を踏襲していると考えられます。
法律だけでは解決できない?「なんとなく妥当な解決策」
法的な解釈だけでは、費用を負担する区分所有者の方が納得しにくいケースも出てくるかもしれません。特に、隣接する部屋でも同時にヒビ割れが発生したりすると、「これは構造上の欠陥では?」と疑いたくなる気持ちも理解できます。原因の特定が難しいことも、この問題の複雑さを増しています。トラブルの元に、なってしまいかねません。
そこで解決策として考えられるのが、管理組合の総会での決議です。仙台高裁判決でも、「(個別の事案ごとに)総会の決議があれば管理組合負担にできる」と述べられています。これは、管理組合として合意形成ができれば、規約の原則とは異なる費用負担も可能であると言っているんです。

ただし、とつぜん総会でこの議題が上がると、管理組合内で活発な議論や、場合によっては意見の対立が生じる可能性も否定できません。
将来的な紛争防止のために
このような紛争を未然に防ぐためには、予防的な措置も有効です。例えば、故意や過失によるものでない限り、外窓の修繕は管理組合負担とする、といった内容を管理規約に事前に定めておくことも、一つの解決策となるでしょう。
熱割れ対応のマンション保険(共用部・専有部)
今回の議論では、保険の適用についても議題に上がりました。マンションにおける保険は、大きく分けて管理組合が加入する「マンション総合保険(共用部分に関する保険)」と、区分所有者個人が加入する「火災保険(専有部分に関する保険)」の2種類があります。熱割れへの対応は、それぞれの保険の契約内容によって異なるようです。
1. 共用部分に関する保険(マンション総合保険など)
- 契約主体: 管理組合
- 補償対象: マンションの共用部分(構造躯体、外壁、屋根、エレベーター、共用廊下、階段、そして多くの場合、外窓のサッシやガラスそのものも共用部分として含まれます)
- 熱割れへの適用:
- 原則として、熱割れは保険の対象外となることが多いです。 多くの保険会社は、熱割れを「自然劣化」や「設計上の問題」とみなし、保険金支払いの対象外とする約款になっています。
- ただし、特定の「外来性かつ突発的な事故」が原因で発生したガラス破損(例:強風で飛来物がぶつかった、故意・過失による破損、予期せぬ外部からの衝撃など)であれば、共用部分のガラス破損として保険が適用される可能性があります。この場合、その原因が熱割れ以外の明確な事故である必要があります。
- 地震によるガラス破損は、地震保険に加入していれば対象となりますが、通常の火災保険では補償されません。
2. 専有部分に関する保険(区分所有者個人の火災保険など)
- 契約主体: 各区分所有者
- 補償対象: 区分所有者の専有部分(室内の壁、床、天井、設備、家財など)
- 熱割れへの適用:
- 原則として、区分所有者個人の火災保険でも、熱割れによるガラス破損は補償の対象外となることが多いです。 共用部分の保険と同様に、自然劣化や設計上の問題と判断されるためです。
- しかし、一部の保険会社では、特約として「建物の不測かつ突発的な事故による損害」や「破損・汚損」などをカバーするオプションを付けている場合があります。このような特約が付帯していれば、熱割れが偶発的な事故と判断される可能性もゼロではありませんが、一般的には厳しく審査されます。
- こちらも、地震保険に加入していれば地震によるガラス破損は補償されます。
保険適用は稀なケース
熱割れは、ガラスが吸収した熱と外部の冷気との温度差によって発生する現象であり、構造上の欠陥や外部からの衝撃といった「事故」とは区別されることが多いです。そのため、マンション保険の約款上、一般的な「事故」による損害として熱割れが直接的に補償されるケースは稀であることを理解しておく必要があります。
もし窓ガラスが熱割れしたら?
網入りガラスに熱割れによるヒビが入ってしまった場合、以下の手順で対応することをおすすめします。
- まずは、お住まいのマンションの「管理規約」を確認しましょう。
- 熱割れの原因を特定します。 経年劣化によるものか、構造上の欠陥が疑われるのかなど、可能であれば専門業者に相談することも検討してください。原因の特定はむつかしいかもしれませんが……。
- 管理組合に相談し、過去の事例や、管理組合が加入している保険の適用可能性について確認しましょう。
- ご自身が加入している火災保険の契約内容(特に破損・汚損特約など)を確認し、保険会社に相談してみてください。
多くの場合、個別の熱割れは区分所有者の負担となる可能性が高く、保険でのカバーも難しい点を理解しておくことが重要です。